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おはよう。僕がいない時のために「今日は」「こんばんは」by Truman show

「価値基準に無いもの。」

と先生がおっしゃった。これが僕の強みらしい。
地味にそれ非常に重いんです。

僕が今試行錯誤している事はプロセスと到達(完成)を同時に提示する。とかいったものです。

僕は「郵便的」という言葉にはまっている。前世代的と言われるかもしれないがそう言われるデリダの仕事は脱構築という大きな流れに対してであると僕は思う。

確かにこのような完成された論理は抽象度や引用性が低すぎる。

脱構築に対しては僕も疑問符がついて回るので捨て置く。

郵便的とはよく幽霊的、亡霊的などとイコールに配置されるが、僕はそうは思っていない。引用可能性の不可能性を説くデリダの思うつぼだ。
郵便的とは、現前しない過去だ。
つまり痕跡。


プロセスを重視する理由はまさにそこで、いくつものプロセスを行き来する郵便、そして受け取る人の手元にある一つの絵画。僕はエクリチュール(コンスタティブ)にも、パロール(パフォーマティブ)のどちらにも成りうる絵画や写真といった媒体にテクストや建築、インスタレーションとは違った可能性を見いだしている。(左記のカッコは安易にイコールを置いているのであしからず)
過去現在未来といった暫定的な概念を逸脱した郵便的という「過去」が概念や理解ではなく全くの現象として生まれ得るのではないかと考えていたりする。

とまあ話が長くなる上にまだテクストとしては不完全な思考なのでこの辺で笑点おひらき。いつか論文でお会いしましょう。

ホントに言いたい事は男って脳のほとんどが超越論的でさあ、でも神秘主義的な部分を変に持ち合わせちゃってるから女性には敵わないなあ。ということです。

あとJA買いました。ついでにうめかよの写真集も。うめかよは必見です。
なんかある意味ヘコミマス。31765963.jpg

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