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雑記

夢を見て起きました

そしてふと思いました

僕は元々変な夢をよく見るので起きたらメモるくせがあったのに最近つけてないなあと思いました。

まあそれは夢が全部一緒だからなんですが
直後には何も見なかったのに今は毎日同じ夢を見るってことは多分、実感しているんでしょうね。
理解したのかもしれない、受け入れたのかもしれない。
フロント先生は正しいんだなあ。

昨日地元家から数分のバーにフラと行ってみるとマスターがおもろい人でした。
僕しかいなかったのでたくさんの民族楽器を生で聴かせていただきました。バリ根元的
笛も音階なんてなくてリズムのみ。
あとホーミーも聴かせてもらい、更に件のケーナも聴くことができましたよ
昔維新派の団員だったらしく舞踏の話題で盛り上がりまくりました。
おもろい人は世の中には溢れ、こぼれているんだなあ。

マスターが駆け抜けた70年代という時代に思いを馳せてみたり。
飽和する前の何でもぶっこわしちまえ時代ですからねえ。
マスターは「昔はそういうアウトローの扉を開ける事は大変でそれこそタブーやったけど開けれたらそれなりのもんが部屋に用意されとった。今は扉は既に開いてる。でも中は真っ白な部屋なんよな。どっちがええかはわからんけど。」と井筒監督そっくりな顔に彼が大好きなジョン・レノン眼鏡かけながら言うたはりました。
そうなんだよなあ
そうなんだよ
またフラと行こう。
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今更ながら芸大生

舞台美術論という集中講義を受けてまあ舞台美術を学んできました。
まあ班に別れてロミオとジュリエットの脚本を使って舞台装置や配置なんかを模型で作ってプレゼンするわけです。
芸大生らしさが嫌というほど鼻につく授業でした。

僕はスタンダードにロミジュリの「見せ方」みたいな部分や暗に示す大きなテーマに焦点をあてて、まあその見せ方ってのは世界観の設定ですからその世界が持つ意味やメッセージ、理由なんかが大切になってくるわけですよ。
とかなんとか僕はそう考えていたので僕らの班ではロミジュリの設定は変えずに世界観だけを変化させ、意味を持たし、なおかつ舞台美術としてドラマチックにと、思索思案思考を何とか形にしたわけです。フラフラでしたが。
まあそんな価値観でやっておったので他の班のプレゼンみた時に芸大生っぽさにイラッときました。

ロボットのジュリエットと人間のロミオ。理由は?と聞かれて考えてなかったらしく未来にはそんな事になるんじゃないかなあ。
とか


宇宙人とか
ボクサーとか
温泉旅館とか
全て理由なし。あるんだけどだから何だというような。

僕は演劇の人間ではないので僕のこんな浅い思索で大丈夫かな?演劇やろうって奴が多い授業なのですごいやつが出てくるんじゃないかとビビりまくっていたので…
そういう芸大生っぽさにマジで嫌気がさしました。

表層的すぎるじゃあないか
いくらなんでも

あとその一環で劇団四季のエビータ見て来ましたがそりゃもう完璧でしたよ。
ただ感動がなかった。
何かが足りなくて、でも感覚的なことなので言葉にするのが非常に困難です。
また考えておきます。

鬼柳の一人言

フジロックから帰ってきたらネットができなくなってもうこんなに時間がたちました。
何だ、携帯で書けるやんと気付くまでにこんなに時間が経ちました。いやいや

最近の僕はお盆の里帰りの影響でアホほどバイト入れられまくで腐っとります。ドカヤシさんとエロ本の朗読を録音して腹がよじれて呼吸困難になりました
というか絵を描いてません、描きたくありません。
描かなければならないから描く。しかも外部からの見えざる圧力によって。

反抗だよバカヤロー
アートって何かわからないしその行為に富士祭り以上の影響力があるかどうかもわからん。
でもそれはなんか違うやろ。動機が洋画科やから洋画描かんとあかんとか何か違うやろ。
ぜんぜん、違う。

絵でもなんでも全部やったらええねん。
もーふっきれた。

もっと単純に
もっと軽くなっていけ
そしてもっと高く

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